量子情報通信の分野には現在、2つの大きな流れがあります。
量子暗号:1つは、光信号の量子性を活用することで、いかなる計算機でも解読不可能な暗号を実現する、「量子暗号」の発展です。量子暗号の要素技術である量子鍵配送(Quantum Key Distribution: QKD)は、光の量子性を巧みに活用しつつ、特別な量子光源を使わなくてもレーザー光によりある程度実現できることが明らかになったことで技術開発やQKDネットワークのフィールド実証が急速に進展しました。衛星通信への展開も始まりつつあります。ネットワーク中継点を別途保護する必要があるなど、課題もありますが、量子技術の中でも最も実用化が進んでいる分野の1つです。日本は情報通信研究機構(NICT)を中心にした産学官連携により実証実験や実用化が進められ、世界的にも大きな存在感を示しています。我々もこれらの機関と連携し、QKDネットワークの国際標準化や技術開発に携わっています。
量子インターネット:もう1つは、量子力学特有の相関である量子もつれ(エンタングルメント)の光を活用するネットワークです。現在のインターネットが人と人だけでなく、様々なモノをつなぐことでパラダイムシフトを起こしてきたように、量子コンピュータや量子センサーなど、量子もつれによりネットワーク上で量子的に接続することにより、新しい情報通信技術の実現を目指す、量子インターネット(量子ネットワーク)の研究です。QKDネットワークの様々な機能拡張も可能になります。しかし、この量子もつれの相関は、通信路の損失や雑音ですぐ壊れてしまうため、そのネットワーク化は容易ではありません。通信路で壊れた量子もつれを修復しながら伝送する「量子中継」を実現するための物理系やプロトコルが様々に提案され、その実現に向けた基礎実験なども行われていますが、まだその決定打は必ずしも確立されておらず、理論・実験ともに活発に研究がなされています。
そして、これらの基盤となるのが量子情報理論です。
量子情報理論:量子暗号や量子インターネットにおける通信性能の基本原理を示すのが、量子情報理論です。シャノン情報理論の考え方と量子力学を融合させることで、様々な通信や情報処理タスクの真の量子限界を明らかにすることができます。シャノンの通信路符号化定理は、雑音のある通信路における誤り訂正符号の究極的な性能限界を明らかにする理論であり、これは具体的な符号や通信システムを設計する際の重要な性能指標になります。一方、情報理論の考え方で量子力学を見直すことで、量子力学の基本的な性質を特徴づけることも可能になります。例えば、量子もつれの相関の定量化など、情報理論の考え方が非常に重要な役割を果たしています。
我々の研究室では、「量子情報理論」、「光-物質の量子制御」、「量子ネットワークのグランドデザイン」をキーワードに、量子情報の基礎理論から物理系の探索、量子ネットワークのシステム設計まで、幅広い研究に取り組んでいます。
研究テーマの例:
- 新しい量子中継方式に関する研究(near-term quantum repeater)
- 量子受信技術の研究
- 多体エンタングルメントの中継・蒸留に関する研究
- ネットワーク量子情報理論の研究
この他にも、フォーラムでの量子ネットワークアーキテクチャの検討や、産学官連携によるQKD技術の国際標準化や技術開発などにも携わっています。